『アンメット』にも見られた記憶障害の演出が乱立している背景にあるものとは?【小林久乃】
◾️『silent』が起こしたドラマ界の革命
携帯電話の普及、メール、スマートフォン、S N Sメッセージと平成の時代の進化とともに、ドラマでも登場人物が気持ちを文字=メッセージで表すようになった。専門家ではないので、機械の詳細は割愛するが2022年、つまり令和4年放送『silent』(フジテレビ系)ではガジェットの進化に目を見張るものがあった。
主人公の佐倉想(目黒蓮)はろう者。彼はスマホのありとあらゆる機能を使って、健常者で恋人の青羽紬(川口春奈)とコミュニケーションを取っていたのだ。もちろん、耳が聞こえないことに弊害がないわけではない。それでも『愛していると言ってくれ』(TBS系・1995年)では、ろう者の恋人と連絡を取るためにFAXを購入して、ビデオを見ながら手話を覚えていたシーンを思い出すと、感覚が進んだことを実感した。思えば今は外国人とコミュニケーションを取ることもスマホ一つで完結する。困ることが減っているのだ。
“電話恐怖症”が若者の間では当然となっている昨今、ドラマで通話シーンがあることも場違いな雰囲気さえする。普通に生活していれば、会いたい相手とすれ違うこともないし、愛の告白もメッセージ1通で終わってしまう。そんな環境を映像にするのは、ドラマ制作陣も苦戦しているはず。加えて、今は動画配信サービスへの提供、バラエティー番組の減少もあって、ドラマを作る手を止めることはできない。むしろ放送番組は増える一方だ。
この状況を全て鑑みると、最終的に登場人物の記憶を消す……という、ややオーバーな演出にたどり着いたことも、制作陣の手抜きではなく必然に近い。人間の脳から絞り出すアイデアにはどうしたって、限界がある。春ドラマで一気に5本も放送されたのは、偶然なのか、それとも各局が示し合わせた作戦なのかは分からない。ただ言えるのは視聴する側の私たちは、すれ違う登場人物たちに泣いて、共感して、楽しんだということだ。
今後も記憶障害の演出は続くのだろうか。今回のように多くのドラマが取り上げているならまだしも、小出しにされてしまうと、感動も薄れるかもしれない。そんなことを考えながら、平成ドラマが懐かしくなり、動画配信サービスで作品を漁るのだ。
文:小林久乃(コラムニスト、編集者)